悪の秘密結社 の地下室の壁・・・
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とかくこの世は嘘ばかり(ヤマトノ回顧録 公開版)
投稿者:
重機動男爵
投稿日:2004年 8月29日(日)16時28分22秒
と、言う訳で、何の話か?と言うと、「出会い系サイト」の話である。
この数年、出会い系サイトとは、縁が無かったが、先日、少し出会い系サイトを使用してみた。
そしたら、何通か返信メールが来るのである。
そのメールの大半が、とあるサイトに連絡先(携帯電話の番号とか、メールアドレス)が登録してあると言うのである。
実際、その指定されたサイトに行ってみると、これが登録制で完全無料を詠っているのである。しかも、ポイント制…。
最初は、お試しポイントでやり取りができるが、アドレスや、携帯電話の番号を教えるとなると、さらにポイントを買わなければならなくなる仕組みである。
プロフィールに直アドや、携帯電話番号があると言うが、そんな例は見たことも聞いた事も無い。
早い話が、返信メールを出した者は、いわゆる、「MS−06Fザク」、いや、「カードキャプターさくら」ならまだ良い、「サクラ」なのであった。
「完全無料」と言うのは、入会登録の事だけなのである。これは、体の良い鷺、いや詐欺である。
そうと解かれば、長いは無用である。
早速、「退会手続き」を行うが、退会申請をして、翌日に退会処理が行われればまだ良いが、中には、入会後30日以降にならないと退会手続きは出来ないものや、退会方法を表示していないサイトもあるのだ。
そうしている間にも、お誘いのメールは加速度的に来る。
それにも関わらず、お誘いのメールだけはひっきりなしに来るのである。
お陰で、何度、メールアドレスを替えた事か…。
全く以ってロクでもない!!
中には、「逆援」の申込もあり、「3000万円出す」とか、「1億円出す」とか言って来ているものもある。
これは、ハッキリ言って常軌を逸している。異常この上も無い。
一体、この御時勢に、何処の誰とも解からぬ者に、天文学的な金額を出す者が居ようか?
ハッキリ言って、疑問である。
数万の金額なら話は解かる。
しかし、億単位は誰が見ても、少し考えれば解かるであろう?
胡散臭いのを遥かにブッちぎって居る。
この誘いに乗ったらどうなるか?
考えただけでも、カナリオソロシイ…。
タダより高いものはない!!
私はその言葉の意味を改めて感じるのである。
仙台2004(ヤマトの回顧録 公開版)
投稿者:
重機動男爵
投稿日:2004年 8月22日(日)16時15分4秒
さて、先日の8月20日、仙台に出張で行って来た。
この出張、8月18日に決まったのであるから、かなり、急に決まったと言わざるを得ない。
本当は、8月19日に行く筈なのであったが、チケットを手配する関係の為、20日と言う事にした訳である。
仙台はあまり、これといった土産物が売っていないという印象があるが、はやり、牛タン弁当の誘惑には勝てず、行って来た次第である。
おりしも、台風が東北に上陸しているタイミングである。
ま、命知らずと言うか、何と言うか…。
それだけ、牛タン弁当の誘惑には勝てなかった訳である。
台風の猛威をも吹き飛ばず牛タン弁当の魅力、恐るべし…。
と、言う訳で…。弁当以外には、これと言って魅力の無い仙台駅である。
で、肝心の仕事は?と言うと、仙石線で榴岡へ…。と言っても、仙台の隣の駅である。
仙台営業所で、実動15分、作業的には直に終ってしまったと言う訳である。直ぐに仕事を終えてしまうと、何だか勿体無い気がするので、色々と、毒にも薬にもならないような余計な事をして時間を稼ぐ…。
当日は、風も雲も次第に多くなって来たので、適当に引き上げる事にしたのであった。台風の影響で、帰れなくなると困るからである。
さて、仙台駅に着くと、私は早速、切符の条件変更を行った。自由席から指定席へ変更する為である。
前回もそうであったが、東北新幹線は何故かせわしいと言うか、本数が少ないというか不便なのである。今回は条件が台風が接近なだけに、長いは無用である。
窓口で聞くと、次の新幹線はは11時52分で、その次が満席と言うのである。
後十数分しかない…。
仕方なく私は、11時52分発の「やまびこ」を選んだ。
後は土産物である。
前回来た時には、これと言った印象ある物が無かった為、あまり期待はしていない。しかし、御当地キティはあると思ったので、それを買う事にした。
仙台駅の土産物屋にはろくなものが無い。これは、前回来た時と同じ印象である。
まずは、「牛タン弁当」「鮭のはらこ弁当」「ソースカツ弁当」を買う。
後は、御当地キティであるが、これが見当たらない。
色々探しているうちに、コンビニで売っているのを見つけた。
しかし、バリエーションはあまり無い…。
適当に見繕って、代金を払い、そしてホームに…。
数分後…。
帰りの新幹線の中で、牛タン弁当に舌鼓を打ちながら、何とせわしい出張だったのだろうと思い起こす筆者の姿があった。
秋の風物詩(ヤマトの回顧録 公開版)
投稿者:
重機動男爵
投稿日:2004年 8月16日(月)16時55分2秒
墓に建てられた灯篭が取り除かれ…
精霊棚が床の間から姿を消し…
そう、今日は、8月16日である。
つまり、お盆は「おしまい」と言う訳である。
今回のお盆は、祖母の新盆であった為、それなりに、来客もあったが、「祭りの後の寂しさ」的な雰囲気は拭えない。
当然ながら、明日から仕事である。
つまり、日常が戻って来ると言う訳である。
お盆が終れば、直ぐに秋である。
直に彼岸と言う訳である。
それが終れば、母校の学祭、大晦日まであっと言う間である。
季節が過ぎるのは早いものである。
秋といえば、秋祭りである
秋祭りと言えば、ソ連の空母ミンスクを想い出す。
何故、空母ミンスクか?
初めて買った、ウォーターラインの外国艦のプラモデルが空母ミンスクであったからである。
その日は秋祭りの御輿が練り歩いた日で、自転車の前籠に入れて帰った記憶がある。
天気は薄曇り、当時珍しかった現用艦船のウオーターラインであった為、迷う事無く注文したのであった。
確か中学1年の頃だっただろうか?
東西冷戦の真っ盛りの頃である。
当時、空母ミンスク動向は、注目の的であった。と、言っても、軍事関係筋の話だが…。
私は、当時、月刊「丸」を購読してた。その為、空母ミンスクの存在を、ある程度は知っていたのである。
ま、ロスケの空母と言うだけでも、かなりのセンセーショナルだった訳である。
当時、ソ連海軍はキエフ級の事を「対潜巡洋艦」と称していたらしいが、今となっては笑える話である。
ま、そんな訳で、今度、キエフ級のプラモデルを購入した際には、エッチングパーツをふんだんに使い、目一杯ディテールアップしたいと思っている次第である。
ま、いわゆる、芸術の秋ってヤツですな。
秋も近い事だし、何かプラモデルを完成させても良いのでは?と思っているのである。多分、未完成に終る可能性が大いにあるが…。
飯炊きも又、楽し(ヤマトの回顧録 公開版)
投稿者:
重機動男爵
投稿日:2004年 8月 8日(日)16時10分46秒
最近のマイブームだが、何と、飯炊きである。
どういう事かと言うと、飯盒炊飯である。
実は、先日、インターネットで、殆ど衝動買い的に、飯盒を買ったのである。
衝動買いであるから、殆ど何も考えていないが、この時期、近所のスーパーや、キャンプ用品の一環として、飯盒が売り出されるが、今年は飯盒が無かったので、思わずネットで買ってしまったと言う訳である。
飯炊きと言っても、侮るなかれ、これが結構、難しく、奥が深いのである。
水の量、火加減、どれをとっても、「出来」に影響する。
言わば、奥が深いのである。
私の場合は、実際、焚き火をして、炊飯する訳には行かないから、台所のガスこんろで炊飯なのである。
それでも、火加減には適度の気を使うのである。出来に影響が出るからである。
本当ならば、焚き火で飯を炊きたいと思うのだが、準備や後片付けが大変なので、ガスこんろを使うと言うのが、ホンネである。
で、実際、味のほうは?と言うと、これが普通の電気炊飯器で炊いたよりも美味いのである。
米が、少々固い気がするが、味のほうは結構イケるのである。
母堂に言わせれば、「蒸らし」が足りないと言うが、実際、そこまで待っては居られないのが人情である。早く炊き上がれば、早く食いたいのは人情である。
やはり、手間暇を掛け、食する喜びは、何者にも替えられないのだ。
「面倒くさいから、コンビニで買ってしまえ!」と言う御人の言葉にも頷けるが、やはり、美味しく食事を頂くには、手間暇を賭けて調理する事も必要だと思うのである。
赤城山強行軍!!(ヤマトの回顧録 公開版)
投稿者:
重機動男爵
投稿日:2004年 8月 2日(月)16時42分25秒
また、渋滞だ…。
流石に、渋滞のメッカ、関越自動車道である。
直に渋滞となる。
高速道路の分際でいい度胸である。
(何が高速道路だ!?いい加減にしろっ!!)
それは、昨日の事である…。
昨日、2004年8月1日は、群馬県赤城山中の不動滝に行って来た。
無論、一人で行って来た訳ではない。
知り合いの「行者」とその御一行に着いて行ったのである。
勿論、物見遊山ではない。いわゆる「滝行」のため、すなわち滝に打たれに行ったのである。
総勢7名、2台の車に分乗し、東名高速から、練馬を経由し関越自動車道を経て、高崎まで…。
実はここがミソである。
集合場所である、神奈川県の秦野市の渋沢から、群馬の赤城山中まで行くのであるから、出発は朝の五時である。
それから逆算すると、私は3時に起きて、集合場所に向かわねばならない。
当然、寝てはいない。只、ウトウトしただけである。
関越自動車道に乗るまでは、普段と違う感覚の為、目が冴えていたが、車に乗るのに慣れて来たのか?サービスエリアでトイレ休憩をするまでは、すっかり寝込んでしまったのである。
途中で赤城神社で無事故の祈願をし、不動滝に向かう。
赤城山中…。
途中からは、徒歩である。ルートは二つあったが、今回は、前々回行ったルートである。
数日前に熊が出たという話で、「熊に注意」の張り紙が目に付く。
片道行程40分…。
滝壷で着替えをし、滝に打たれる。
今回は、数日来の天気の影響で、水が少々濁り、石も一緒に落ちて来ると言う話なので、滝に打たれている最中は、気が気ではない。
場所が場所ゆえに、足場が悪い。何とか滝を出て着替えを済ませる。
その後、ふもとの旅館で露天風呂に入り、昼食を摂る。テレビでは「新婚さんいらっしゃい」がやっていた。
そして、車中の人となり、高崎経由で、関越自動車道を南下する。
途中のサービスエリアはひとごみの応酬で、道中は渋滞の坩堝であった。
お陰で、夜の8時には、渋沢に着いたと言う訳である。
関越自動車道に渋滞、そのサービスエリアの混雑のない日は無いのだろうか?
夏の幻影(ヤマトの回顧録 公開版)
投稿者:
重機動男爵
投稿日:2004年 7月25日(日)15時53分32秒
青田を渡る暑い風、
遠くに幽かな蝉時雨
そして、足柄平野を疾走する電車…。
感じる。
嗚呼、今は夏なのだと…。
これは、以前、田の草取りに行った日の夜、見た夢である。
昼間の光景を、夢で見た訳である。
当時の私にとっては、余程印象深かったに違いない。
普段乗っている電車が、その時は別世界の様に感じられたのである。
今週で、7月も終わりである。
直に、8月、お盆である。それが終れば、彼岸水を切り、瞬く間に稲刈りの季節となる。
後は暮れ、年越し、正月とまっしぐらである。
今年の夏は、例年に比べ暑いのだと言う、確かにそのとおりである。
クーラーが効かない程の暑い日がかなりあるのだ。
それに、例年、雷雨なぞ、殆ど無いにもかかわらず、今年はやけに多い。異常ともいえる。ま、その件に付いては世間一般に、多く語られているので、そちらを参照されたい。
しかし、暑い…。
こうして、書いている内にも、アイスを1個食い尽くしてしまった。
この炎天下、誰も歩いていない。
今は夏休み中らしいが、子供の姿は見掛けない。私の小学校の時分は、それなりに見掛けたが、今の子供はどうしているのだろうか?
昨日、近所の神社が夏祭を行ったが、「子供相撲」の参加者が昔に比べて、かなり少なくなったと言う事である。
子供が少なくなった、つまり、少子化が原因であろうか?
中高生などは、殆ど祭りに来ない。確かに、夜店が3軒(かき氷とお好み焼き、焼き鳥)ばかり出ている小規模の祭りでは魅力も無いのであろう。
ま、それはともかく…。
年々寂しさを増す地域のイベントに、何か、良いカンフル剤は無いのだろうか?
そして、クーラーの効いた部屋に閉じこもり、テレビゲームなんぞしているガキに未来はないと、私は言いたい。
教育の妙(ヤマトの回顧録 公開版)
投稿者:
重機動男爵
投稿日:2004年 7月19日(月)16時27分13秒
さて、学校ではそろそろ夏休みである。
いわゆる、私の嫌いな季節である。
何故嫌いか?というと、羽目を外したガキ達が、好き勝手な事をして暴れまわるという、不快極まりない季節だからである。
それに、この時期は、青少年の引き起こす事件も多発する。誠に以って不快極まりない季節である。
夏休みと言うと、一番楽しかった夏休みは、小学校と大学の夏休みである。幼稚園の頃の夏休みは、大学並みに長かったと親に聞いているが、今となっては殆ど覚えていないのが実状である。又、大学の頃の夏休みは、生まれて始めてバイトに専念した時代として、良い思い出となっている。
中学、高校の夏休みと言えば、受験一色で、遊んだ経験は無い。言わば、「灰色の夏休み」、「夏休み暗黒時代」と言った所であろう。
暑い夏休みと言えば、小学校の夏休みである。あの頃の夏休みは、長く感じられた。
小学校の頃と言うと、こんな記憶がある。
ピアノが弾ける生徒(まず全員が女生徒!?)は、優遇されていたと言う事実である。そして、贔屓をするのが女教師である。つまり、ピアノを弾ける女生徒(中には、コンクールで入賞した者もいて、そのものは格別の扱いだった、ま、当然である)は、女教師によって贔屓されていた訳である。これは、6年間変わる事が無かった。
それに、贔屓される女生徒も、エリート意識と言うか、選民思想を持っていたらしいので、喩え、彼女たちが問題を起こしても、他の生徒達のせいにされていたし、ピアノを弾けない私のような者は、いつも疑われる立場であった。
そんな訳だったから、「平等」なんていう事は、幻影にしか過ぎない事は知っていたのである。
今の教育は、「なんでも同じ」という教育をするらしい。特に、それは、時代を追うにしたがって顕著になっている気がする。
私の妹は、大学に行って直ぐ、「留学をさせてくれなかった」と言って親に食った事がある。どうやら、大学には留学経験者がいたらしい…。
本人としては、何処の家も、同じだと思っていたのである。
そして、昨今の青少年を巡る事件の数々…。
これらを見ると、ガキ共が、何でも他人と同じである事を希求し、同じでなかった場合の反動としての犯罪を起こすといった図式が見て取れる。
「何でも(世の中全ての人間)皆同じ(自分と同じ立場)でなければならない」と言った刷り込み、マインドコントロールが、ガキ共に、教育によって為されていると言う事である。
これは、恐ろしい事である。そういった教育を受けた親が更に、子供にそういった思想を施し…。
青少年犯罪の多発、さもありなんである。
ひさびさに
投稿者:
嬢
投稿日:2004年 7月17日(土)23時35分47秒
お邪魔します。
なんだか最近非常に忙しいです。
人を減らしすぎるのもいい加減にして欲しいです。
なんだか会社は無理やり辻褄合わせをしています。
気が付けば営業技術的な立場になってました。
人を減らすより大名商売辞めた方がよっぽど儲かると思うぞ。
納期かかりすぎっ(怒)。
西へ・・・(ヤマトの回顧録 公開版)
投稿者:
重機動男爵
投稿日:2004年 7月11日(日)16時11分41秒
外では、雷雨が荒れ狂っている。
昼までの真夏日の何処へやら?雨の降りが激しさを増している。
本日は、西暦2004年7月11日、参院選の投票日である。
投票には、眠い目をこすりつつ、アサイチで行ってきた。
帰り道は、起き抜けの一杯とばかりに、コーラを飲みながら帰って来た。久方に飲むコーラは、五臓六腑に染み渡る。
最近は、緑茶ばかり飲んでいたから、味がとても新鮮に思えた。
その後、洗濯物を干し、朝食を摂った訳である。
ここ何日も、真夏日が続く…。
まるで、既に梅雨明けしたかのようだ。
近況は、7月1日に広島、7月5、6日に大阪・名古屋、9日に東京の蒲田へ出張と、東奔西走の日々である。
全く、席の暖まる暇も無い。
あ、雷雨が治まったようである。
この時期の雷雨と来れば、想い出す物がある。
子供の頃読んだ「幽霊大図鑑」の巻末に載っていた。「蘇った呪い」というタイトルのストーリーである。
平安時代の呪いが、女子高生に祟り(土手の護岸工事で呪詛を行った平安時代の元巫女の墓が掘り起こされてから、話は始まる)、体内に五寸釘が現われ、心臓を直撃しようとするモノである。
話としては、それなりのモノだが、ラストの雷雨が治まり、夏空が顔を覗かせるシーンが、妙に印象的なのである。
話を元に戻そう。
明日12日から13日は、福岡は博多南区に出張である。
小田原から福岡に出張と言うと、飛行機で行くと思われがちだが、私は、最近、飛行機で行くのが嫌いなのである。
なぜならば、空港の金属探知器に必ず引っかかってしまうからである。
以前は、そんな事は無かったが、テロを警戒するようになってから、何故か毎回、金属探知器に引っかかる様になったのである。
こちらとしては、痛くも無い腹を探られるのであるから、誠に以って、不本意である。
それゆえ、飛行機を使わずに行ける所は、陸路を選ぶようにしているのである。
しかし、半日以上も新幹線に揺られるのは、拷問以外に何者でもない。
会社からの「夏の旅行」のプレゼントと言えばそれまでだが、そう言う問題ではない。
明日は、福岡に出張である。
広島夏物語2004−混沌−(ヤマトの回顧録 公開版)
投稿者:
重機動男爵
投稿日:2004年 7月 4日(日)17時03分47秒
今までに無い悪感を感じた。
この様な事は、生まれてから一度も経験した事は無い。
話は数日前に溯る。
時に西暦2004年7月1日。
私は、仕事の都合で、広島に出張した。
広島と言ってもいささか広いが、私の行った会社の広島営業所は、原爆ドームの近くである。
行く時は、仕事に対する緊張感のため、感じる事が無かったが、帰りに原爆ドームの近くの橋を渡った時にそれは起きた。
はうっ!!
今まで感じた事のない悪寒である。
そして、不快感…。
広島と言う土地故の気候かもしれないと思ったが、そうでもない。
何か、人知を越えた、そう、アレの気配である。
それもその筈、その橋は、原爆投下目標とされた、あの有名な橋だったからである。そしてその橋の掛かる川は、原爆投下直後、血で真っ赤に染まったと言う、アレである。
その川の流れは、普通の川の流れとは少し趣が違ったのは言うまでもない。
私の捉えたイメージは、川面から伸びる枯れ木のような(多分、半ば炭化していたのだろうか?良くは解からん)血を流した数多の手…。
当に、その筋では「殿堂入り」の場所である。歴史的にも、心霊的にも有名な場所である。
彼らは、未だに成仏していないのだ。
自らの死をも自覚していないに違いない。あの時から時間が停止したままなのである。
彼らに一言言いたい。
私に頼っても、何もしてやれない。自らの逝くべき道を逝け!!と…。
私は、霊媒師でも、僧侶でもない。残念ながら何もしてやれないのだ。
広島は、確かにモダンな都市として存在するが、あの混沌として、停滞した暑苦しい空気をと言うか、負の感情を持つエネルギーの塊とでも言おうか?、そこに住む人々は感じないのだろうか?
それは、広島という一つのエリアのみに存在する、独特の気配である。
出来る事なら、私は、広島と言う土地には出来るなら、行きたくはない。
昭和の惨劇は未だに終っていない証拠でもある。
出張から帰って来て、体の具合が悪いのは、やっぱり「憑いて来た」のが原因?
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